セトは案外と分かりやすい場所にいた。
オベリスクの丘を登ればすぐに気が付くほどに。
「あ、はは……隠れる気は、別にないんだな……」
不自然に砂煙が立ちこめるその中へ、イスメトは迷わず足を踏み入れていく。
しかし、しばらくしてその胸の内に焦燥が湧き上がった。
地面に刺さった、赤く光る
それに歩み寄っていく、何者かの影。
(あ、れ……? 誰か、いる――っ!?)
イスメトは駆け出した。
駄目だ。ダメだ駄目だダメだ駄目だ!
ようやく取り戻した自分をまた見失う。
だから誰にも、渡したくない。
その一心で、槍に向かって跳んだ。
そして確かに、それを
「いッ――テェっ!?」
が。槍を引き抜く勢いのままに、対面した何者かと正面衝突。
そのままもつれ合いながら、一緒に地面を転がった。
「……つッ、誰だ!? いきなり突っ込んで来やがって!」
「す、すみませんッ!!」
一方は怒りのままに
「は……」「え……」
そして交錯した、二つの視線。
「イス、メト……?」「ジ、タ……?」
幼馴染み二人の、再会の瞬間だった。
しばしの沈黙がその場に落ちる。
その空気を先に破ったのは――イスメト。
「そうだジタ! 僕、君に話が――!」
言い終わる前に、衝撃が顔面を襲った。
気持ちいいほどに勢いよく振り抜かれた拳をぶち込まれ、イスメトは大きくよろめく。
「話……? 話だぁッ!? 今さら何を話すことがあるっつぅんだ――よッ!!」
「かはっ――!」
さらにもう一発。今度は腹に重い一撃。
イスメトは踏ん張りがきかずに転倒し、そこへジタはすかさず馬乗りになった。
「丁度いい、決着付けようぜ……決勝戦の決着をなぁ――ッ!!」
一方的に
だが、三発目は受け止められた。
「話を……聞けよッ!!」
見開かれる
その
「――っ! じゃあ言えよ! なんで決勝に来なかった、この腰抜け野郎ッ!!」
しかしジタは
イスメトは
二人はきり
「別にっ、負けるのが怖かったわけじゃねーだろがァッ!」
転がりながらもジタの猛攻は続く。
口も手も止まらない。
「手合わせも
上と下を幾度も入れ替えながら、少年たちは殴ったり殴られたりを繰り返す。
「そんな相手に今さらッ、
下り坂が終わり、やがて二人の滑落は止まった。
上を取ったのはジタ。
ぜぇぜぇと肩で息をしながらも、イスメトを地面に押さえつける力は緩まない。
「お前は……俺に……
ぽつりと落ちた、ジタの静か
それはまさに、嵐の前の静けさだった。
「
言葉の切れ間切れ間に叩き込まれる、重い拳。
全てどこかで聞いたことのある文句。
だが、ジタの口から聞いたのは初めてだった。
「お前なんか! 優勝者に!
それら全てを全身に受けながら、それでもイスメトはジタの目をまっすぐに見据えていた。
絶対に
「そうやってまた、周りから非難されるのがお前は……ッ、怖かったんだろォがァァァッ!」
「……っ!!」
今の一発は、すごく、痛かった。
「……そうだよ」
激情を吐き出し、荒く息をするだけになったジタ。
その下に組み敷かれたまま、イスメトは静かに親友への答えを返す。
「だから僕は……ジタの方が〈
「――ッッ! 舐めやがってえええぇぇぇッッ!!」
ジタは黒い瞳をこれでもかと見開く。
怒りとも憎しみとも悲しみともつかぬ、苦々しくて痛々しい表情。
初めて見る、グチャグチャな友の顔だった。
「んな……下らねぇ理由でっ! お前は俺の顔に泥を塗ったのか! 友の俺に! 戦友の俺に!ここ一番の勝負って時に背中を見せやがって……ッ!!」
イスメトの襟首を
「こんなっ、戦士として最低の裏切りされて……ッ! こんな形で得た称号に、何の意味があるってんだァァ――ッ!!」
振り上げた
「――ッ!」
イスメトの顔面を叩き割る前に、その手の平に受け止められた。
「ああ、僕は――最低だ」
受け止めた拳を掴み、その腕を引き寄せ、また上と下とが逆転する。
そして今度はイスメトが腕を振り上げる。
だがその拳が、振り下ろされることはなく。
「僕は、戦士に……相応しくない。戦士じゃ、ない。男ですら……なかったっ!」
代わりにポタポタと落ちたのは、大粒の雨。
「でも……ッ、気付いたんだ! アイツに言われて、僕はまだ男でいたかったんだってッ!!」
黒い瞳は、その生暖かい雨を無言のままに見つめる。
その顔のすぐ横で、拳は砂を叩いた。
「だから――ッ!」
それを最後にイスメトは立ち上がる。
今度は拳にではなく
「僕はこれからオベリスクに登る! 登って証明してみせる! 村で一番の戦士になるのは――この僕だっ!!」
「……っ! なんだよ、それ……っ!」
しばし言葉を忘れていた自分に妙に苛立ったジタは、空を蹴り上げながら飛び起きる。
イスメトがひらりと身をかわしたせいで、その爪先が相手を捉えることはない。
だが、そんなことはどうでもよかった。
「今さら……今さら! 何言ってやがんだこのボンクラ野郎おぉぉぉぉッ!!」
ジタは地を蹴り、飛びかかる。
そうしてもう二発か三発、このムカつく顔面にお見舞いしてやろうと思った。
そして、その足下を――
【あー……そろそろ良いか、お前ら】
文字通り、何者かにすくわれた。
「どわっ!?」
「! セト――ッ!?」
ジタの足下で砂がサラサラと流れ出す。
踏み込むほどに足が滑って、その体は暴れた分だけ地面へゆっくりと沈んでいく。
「なな、何だッ!? お、落とし穴か!? なんでこんなトコに!?」
「おまっ、手を出すなよ! これは僕とジタの――!」
イスメトはジタの前であることも忘れ、セトに苦言を呈する。
だがそれ以上
【出すわアホォォッ!! テメェは
すぐさま人身のセトが目の前に現れる。
胸ぐらを
今日はこんなのばっかりだ。
【ようやく槍を取りに来たかと思えば何だ!? いきなりよく分からん因縁の対決おっ
お前の腹は一体いくつあるんだよ。
【決闘なら時と場所を改めろや! 行くんだろォがオベリスクゥッ!】
「そ、それはもちろん!」
【ならとっとと片付けるぞ! ここ数日で塔の気配はどんどんヤバくなってんだからなァッ!】
「そ、それは初耳なんだけど……」
セトは有無を言わせずイスメトを引きずっていく。
その後方で、ジタはまだもがいていた。
「っておいイスメト! まだ話は終わって――くそッ! 何なんだよこの砂ァ――ッ!!」
「ジタ! ごめん!」
セトの手をなんとか
「決着は――帰ってから!」
「は……」
ジタは咄嗟に返す言葉が思いつかず、
しばらくするとその足下に、確かな感触が戻ってきた。
落とし穴だと思っていた場所には穴らしき穴もなく。
恐る恐る立ち上がっても砂は流れず。しっかりとした地面に戻っている。
「な……なんだってんだよぉぉ……ッ!」
しばし立ち尽くした後、ふつふつとした怒りが湧いた。
「そもそも無事に帰って来る気かよ!? 分かってんだろーが、ソコは! お前の
小さくなっていく憎き背中。
ソイツはあろうことか片手を上げてヒラヒラと振る。
そのくらい分かってるよと笑うように。
「マジで……なん、だよ……バカ野郎」
ぶつくさと文句を垂れながら、少年はその背を見送った。
その口元は、