イスメトは弾けんばかりの歓声の中、
(今の力……まさか、セトの……?)
呪文を唱えた記憶は無い。
だが槍は確かに赤い稲妻を纏っていたし、あり得ない速度で飛んだ。
だからこそセトに届いたのだ。体に感じる負荷も本物である。
【ククク……オマエ、実は見られてる方が興奮するタチだろ】
(な、なんだよそれ……)
【褒めてやってんだ】
実に個性的かつ誤解を招く褒め言葉である。
【今、オマエが放ったのはだ】
セトはイスメトに歩み寄りながら、依代にだけ届く声で言う。
【呪文の詠唱はあくまでも、術の発動率や精度を上げるための補助に過ぎん。感覚が掴めてきた証拠だな】
イスメトはブルッと身を震わせた。
二度も使えば体が吹き飛ぶと言われた自滅技。
それを自分はこの土壇場で無意識に使ってしまったらしい。
【言っただろ。出力を調整できれば、最も汎用性が高い技だと】
確かにそんな話も聞いた気はするが、信じられなかった。
【ほらよ】
イスメトが苦々しい笑みを浮かべていると、目の前にスッと神の手が差し伸べられた。
【認めてやる。オマエら父子は〈
一瞬、イスメトは戸惑う。
だが、セトが
【勝者に喝采を!】
セトに手を引かれて立ち上がった瞬間。
さらなる歓声がイスメトを包み込んだ。
それを聞いてふと思う。あの挑発も、父への侮辱も、単なるお膳立てだったのではないかと。
(もしかして、セトはわざと……)
「さすがだな! イルニスの息子!」
不意に肩にどっと重みが加わり、イスメトはバランスを崩す。
アッサイの腕だった。
「俺がお前に教えられることなんか、もう何もねぇな! 少し寂しいがそれ以上に鼻が高いぞこいつゥ!」
「ア、アッサイ……いたっ、ちょっ、痛いって!」
イスメトは師の腕を
が、疲労が勝って逃げ出せなかった。
さらにそこへ折り重なるように村のお調子者達が加わってくるので、もはや
「~~っ! 調子に乗んなよ、クソ優等生が……ッ!」
視界の端では、ジタが親
しかし、その
「オイ、守護神! もっかいだ!」
憤りのためか、彼の言葉からは敬語も敬称も消し飛んでいる。
が、セトは特に気にするでもなく笑った。
【ハッ! その意気や良し!】
それから、わずか数分後。
「あ、兄貴!? 大丈夫か!? 生きてるか!?」
まるで死体のように、疲労
■ ■ ■
翌日からイスメトは、近隣の旧神殿巡りに乗り出した。
ラフラ周辺には、例の地下神殿も含め小規模な遺跡が複数点在している。
辺境と異なり、遺跡間の距離が近いため訪問ペースは早いのだが――
「ここも盗掘されちゃってるね……」
【ったく、罰当たりどもめ】
肝心の小オベリスクが盗掘者によって持ち出されたり、破壊されたりしているケースが増えた。
盗まれた年すら分からない以上、盗品を追うのは効率が悪い。
この場合、代替品を職人が制作するまで待つしかないが、すべての遺跡に小オベリスクが
「ここにも教団の手がかりは無し、か……」
この日は五つの村と二つの神殿跡を巡った。
村を出入りしていると
テセフ村とその隣村も、適当な理由をつけて
【それならそれで構わんさ。オベリスクが揃うまで、残った魔獣を片っ端から潰していけばいいだけだ。
結局、泥臭い方法が最も効果的ということらしかった。
「あっ、ホントにイスメト君がいるー! やっほ~、元気してた~?」
夕刻、テセフ村に戻るとメルカら商隊の姿があった。
商隊は現在、神殿からの依頼で各村に物資を運搬しているのだと言う。
「今日は皆に朗報です! なんと~……
「な、なんだって!? こりゃあ景気が良い! 今夜は宴だーっ!」
つい先日もイスメト帰還記念の宴をしたばかりだが、この国の人間が何かにつけてどんちゃん騒ぐのは日常のことである。
「あ……」
イスメトは荷下ろしを手伝う数人の青年達を見て目を見張った。
村長の家の次男――ナムジ率いる不良青年達だった。
「……格安で護衛してもらってるの。前に迷惑かけた
メルカが耳打ちしてくる。
恐らくアッサイの指示があったのだろう。
あの彼らが自主的に罪滅ぼしをするとはとても思えなかった。
「それで見かけなかったのか……」
一瞬だけナムジと目が合ったような気がしたが、すぐに
以前
もうつっかかってくるようなことはなさそうだ。
「そんなことより、はい。イスメト君も一杯どうぞ」
メルカはニコニコと器を差し出してくる。
しかし、イスメトがそれを受け取る前に、クンッと体が後ろに引っ張られた。
【今日の鍛錬がまだだろう。酒は後にしろ】
いつの間にか背後に現れたセト。
子猫のように後ろ首を掴まれ、イスメトの足は地面を離れている。
「セ、セト! 分かったから離せって……!」
「あっ、セト様! セト様も後で一緒に飲みましょっ!」
セトを見るなり、心なしかメルカの声がワントーン上がった。
【ほォん? 随分と羽振りがいいな。どこの酒だ?】
商隊の
村全体に一杯ずつ配って回るくらいはありそうだ。
しかも葡萄酒は麦酒と違って高級品。庶民には祝い事くらいでしか飲む機会がないものである。
「ザキールさんから頂いたんです。なんでも、神殿の補修作業をしてる最中に出てきたとかで……ほら、あのセト様の地下神殿」
「ええっ!? あそこから!?」
ようやく地面に下ろしてもらえた(というより落とされた)イスメトは、メルカの説明に顔をしかめた。
年代物にしたって流石に限度がある。
「あ、でもね。札には三年前の日付が書いてあるの。前に大神殿から盗んだものを、盗賊が隠してたんじゃないかって話よ」
【それを、戦士どもへ
「そうみたいです。特にテセフの皆は、ここ数年ずっと引っ張りだこですから」
要するに、神殿からの特別ボーナスというわけだ。
「葡萄酒かぁ……そういえば復活祭で飲んだ葡萄酒、すごく美味しかったなぁ」
【その前に鍛錬だ】
「ひ、一口だけ味見を……」
【駄目だ】
麦酒よりも甘く芳醇な風味を想像して自然と唾液が口内に湧き出しかけるのを、セトの一言が無残にも打ち消した。
「あはっ、二人の分はちゃんと残しとくから、早く帰ってきてねー!」
中央の焚き木に火が灯され、早くも賑わい始めている広場。
後ろ髪を引かれつつも、イスメトはセトに問答無用で連行された。
村を囲むヤシの防風林を抜ければ、そこはもう砂漠である。
【今日はオマエに渡すものがある。つゥか、もう渡した後だが】
二人きりになるなりセトは、道中で適当にかっぱらってきたかがり火を砂に突き立て照明を確保した。
次に、なぜかイスメトの背から神器を引き抜き、自身の歩幅で間合いを計るようにゆっくりと遠ざかっていく。
【今日は神器なしで神術を使ってみろ】
「……へ?」
唐突に告げられた本日の課題に、イスメトは目を瞬かせた。