「フン……どうやら、僕の予想の方が正しかったみたいだな。王よ」

 突如として現れた強大な(こん)(とん)の気配。
 方角からして予想はついていたが、こうして実際に目にすると気が()()るものだとホルスは嘆息する。

 巨大な砂嵐が都市に接近している。
 というより、この場所へと向かって来ている。

 ここは所用で立ち寄っただけの小さな町だ。防衛の要所でも何でもない。
 恐らく、あのセトは自分を直接狙っている。
 (やつ)の元来の気性からして十分に有り得る話だった。

【まだ、オベリスクには光が(とも)っているようだが……】
「時間の問題だね。そもそも、あの状態から元に戻す方法がないんだから」

 ホルスは神速の風を(まと)い、急ぎ砂漠へと飛び立った。
 砂漠は奴の神域。(  テリトリー  )苦戦を強いられるだろう。
 だが、町で戦って死者を出すよりは何百倍もマシだ。

「一応、覚悟しときなよ。アレは一筋縄ではいかないから」
【……本当に、可能性はないのだろうか】

 ホルスは顔をしかめる。
 依代は自分と奴との関係をいくらかはき違えているらしい。
 なにかと余計な気を(つか)ってくるのがその証拠だ。

「――そうだね。あのバケモノの(ナカ)まで潜って、秩序側(アイツ)の神格を(たた)き起こすとか? 僕らが混沌に()まれること前提だけど」

 無論、そこまでしてセトを助ける義理もメリットもない。
 どのみち奴はどっちつかずの危うい神だ。
 今さらアポピスと奴を完全に切り離すことなど不可能だろう。

 これでも、できる限りのことはしてきたつもりだった。
 当然の報いとはいえ、奴が最後の一線を越えることになった要因は自分にもあるのだから。

 オアシス地帯(ウェハアト)の神官に圧力をかけて奴の神話と神名を隠し、一方で民間の伝承は残るように計らった。そうすることでセトという神の定義を古き形に戻し、混沌から分離させられるのではという仮定のもとでの処置だ。

 実際それは上手くいっているように思われた。
 しかし結局、『破壊神セト』の根強い信奉者が暗躍してこの事態を招いたのだろう。
 人間の願いが絡むなら、もはや神の意志ではどうにもなるまい。

「世界がこんな状況なのに、ここで僕まで混沌に染まるリスクは侵せない」

 こうなってしまえば、戦神として取るべき行動はただ一つ。

【では……また封印を?】
「――いや。もうそんな余裕はないよ」

 光を()らわんとする闇は、打ち倒すのみ。ホルスは弓を引き絞る。
 ()(はく)(いろ)に輝く神力の輪が、その射線上に幾重にも現れて幾何学的な紋様を形成していく。

「この先へは通さないよ、セト」

 放たれた(いっ)(せん)は、神力の輪を通すほどに加速を繰り返す。どれほどの距離があろうとも、一瞬にして対象を射抜くその神術は、もはや射撃ではなく『光線』と呼べた。

 巨大な獣頭。
 その額にスパァンと風穴が開く。

ਈਗਵ੬ਞਜ਼ਔਪਖ਼ਓਰਆੴ――!!】

 ぐらりと揺らぐ巨体は、言葉とも(ほう)(こう)ともつかぬ怒号で大気を震わせた。
 風圧が、数千キュビト先の上空に浮かぶホルスの体すらも押し返す。

 だが、この程度で落ちる天空神ではない。
 ホルスはすぐさま二射目を構えた。

「チッ――倒れもしないか」

 地の果てまで見通す隼神(ハヤブサ)の目は、すでに再生を始めている敵の頭部を確認する。

 砂漠で唯一、こちらが圧倒的優位に立てるのは、物理的な距離が開いている今この時のみ。しかし、この神術はお世辞にも燃費が良いとは言えない。
 三発撃っても倒れないようなら接近戦に切り替え、一気に勝負をかける。

「……アハッ。何あれ、どんだけいるの?」

 砂漠の特大オベリスクすらも玩具(おもちゃ)に思えてくる、セトの黒い巨体。その周囲を取り巻く砂嵐の中には、おびただしい数の魔獣どもがうごめいているのがうかがえる。

「ちょっとズルくない……?」

 二射目で左胸を、三射目で右腕を吹き飛ばしてみたものの、一向に進行が止まる気配は無い。
 肉体の再生速度も変わらずだ。
 荒神に常識など通用しない。元がセトなら(なお)のことだろう。

 想定の範囲内ではあるが、焦りがないと言えば(うそ)になった。
 あの魔獣が世に解き放たれれば、もはや収拾がつかなくなる。〈砂漠の民〉も〈太陽の民〉も、その多くが餌食になることだろう。

 ホルスは琥珀色の輝きを纏い、翼を羽ばたかせる。
 光となった体は数千の距離を一瞬で縮め、荒神の懐まで瞬間移動する。

 先ほどの射撃と原理は同じだ。
 今度は全身を光と同一化させ、音速を超えた移動を可能とした。

「――()は逆賊を穿(うが)つ王者の威光――」

 光が通り抜ける瞬間。
 大弓の先端が荒神の首を()ねんと翻る。
 それは硬い外皮にたやすく弾かれた。が――

「――《勝利を導く十色の銛(セヌ・ネス・リアンヴォス)》!!」

 同時に空から降り注いだ光の(もり)によって、荒神は手足を大地に縫い付けられていく。

「フン……神術を使えなくなった君なんて、恐るるに足らず、だ」

勝利を導く十色の銛(セヌ・ネス・リアンヴォス)》。

 かの神と演じた長き戦いの中で幾度となく戦果を上げたこの神術は、(あま)()の神話に書き残された。そして今や『砂漠の外敵を封じる』という特効的な能力を得るまでに至っている。

 当然、相手にも同様の対抗手段が生まれたが、荒神と成り果てた今のセトにアレは扱えないだろう。

 ――これで終わりだ。お前との歴史(たたかい)は。

「安心しなよセト。お前は戦神として――ここでちゃんと殺してやる!!」


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