追放村-表紙-

第一章

仮面をつけた少年

エルフ

 黒い大森林を眼下に、(こん)(ぺき)の空を渡る一頭の飛竜。
 その足には、鳥籠のような形状の(てつ)(おり)がぶら下がる。
「――悪く思わんでくだせぇ、お嬢さん」
 騎手が苦々しく(つぶや)いた。
 直後、飛竜は急降下。森の木々に触れるギリギリのところで反転し、抱えていた檻と積み荷(わたし)を放り出す。
 急降下でかかった負荷からの解放。
 同時に始まる自由落下。
 鼓動は早鐘を打ち、時がゆっくり進むのを感じた。
 死にたくない――そんな感情が、まだ自分の中に残っていたことに驚く。体は勝手に檻の中を(さま)()い、()()(しゃ)()に鉄格子へ取り付いた。
 瞬間、ぐらりと世界が回る。格子状の扉が私の体重で勢いよく開き、私は檻の外へと放り出されたのだ。
 なぜ鍵が開いていたのか。考える余裕はない。
 大地が、死が、すぐそこまで迫っている。
「ひゃっ……ぁ!」
 全身を()きむしられる痛み。木々の枝を折りながら、私は地面に吸い込まれる。だが、奇跡的に茂みがクッションとなり大事を免れた。
 半秒遅れて、(ごう)(おん)と衝撃が大地を揺らす。檻が近くに墜落したようだった。
 なんとか立ち上がった私は、しばし(ぼう)(ぜん)と檻を眺めた。周囲には大量の木片が散らばっている。だが森の木々とは少し違った。それらは明らかに人の手で加工されたもの、木材というべき代物だ。
 そこまで気付いて、私ははっと息を()む。
 幾重にも重なるこれらは、恐らく家屋の(はり)や柱。
 そしてその隙間から(のぞ)くあれは――人の手だ。
「だ、大丈夫ですか!」
 慌てて駆け寄る。積み重なった木材をどかそうと試みるも、女の身ではビクともしない。
 ここは応援を呼ぶべきか。しかしこんな森の中に人がいるのか――私が思案していた時。
 突如として、家屋の残骸が派手に()ぜ飛んだ。
「――(わし)の家をぶっ壊したアホは貴様かぁぁ!!」
 爆散する()(れき)の中から立ち上がる、一人の少年。長い耳に、木漏れ日のように輝くプラチナの髪。その乱れに乱れた長髪により、彼の容貌は隠れている。
 一方、それ以外はよく見えた。
 髪の下には日焼けした健康的な肌。それが恥じらいもなく、()()()さらけ出されている。
 ――そう、少年は全裸だった。
「いっ……、やぁあああああああ!!」
 考えるより先に手が出てしまう。
「ぶべぇっ!! なぜたたく!」
「ふ、服を着てくださいぃぃ――っ!!」
 我ながら、今日一番の悲鳴が出たと思う。
「……ほれ、これでよいじゃろ」
 手で顔を覆っていると、しばらくして少年に呼びかけられる。恐る恐る目を開けた私はギョッとした。
 少年が身に(まと)うのは大小二枚の葉っぱ。一枚は仮面のように顔を隠し、もう一枚は下半身の大事なところを辛うじて覆っている。
 これを服と呼んでいいものか?
 そもそもなぜアソコより顔を優先的に隠す?
 疑問は喉まで出かかったが、この状況で服を探すのは難しかったのだろうと無理やりに納得した。
「あ、あなたは一体……ここに住んで?」
「この村じゃ詮索は御法度(ごはっと)じゃが……今回は特別に教えてやろう。儂はエルフ。ここは通称、追放村じゃ。以上」
 簡潔すぎる回答に、混乱はますます深まる。
「エルフって……それは種族名では……」
「真名を名乗る理由もないゆえな。皆の者にはエルフで通しておる。お主もそう呼べ」
 エルフは植物の化身とも言われる不老長寿の種族。この少年もエルフ族であるなら、その年齢は不詳だ。が、この古めかしい口調からして、かなりの歳を重ねている可能性が高い。
「その……追放村、とは?」
 ここは魔物の住まう黒の森。古くから人が寄りつかず、罪人の流刑地にするくらいしか活用方法がない場所――少なくとも私はそう習った。
 しかし、エルフはここを村だと言う。
「その名の通りよ。ここは追放者の村。お主と同じように王都から飛ばされた者たちが集い、ひっそりと暮らしておる」
 つまりは隠れ里のようなものか。にわかには信じがたいが、実際に家が建ち、人が住んでいたことは事実。
 私はエルフの説明をひとまず真実と仮定した。
「……して、儂の家についてじゃが」
 エルフの指さすほうを見れば、大木に隣接するように建てられた家屋、その残骸が散らばっている。
 大木は(うろ)を中心に中空が削られ、中は居住スペースになっているようだ。そこも彼の家だとすると、現状は半壊状態と言ったところか。
「貴様のお荷物が儂の家を押しつぶしてくれたわけじゃが……どう償うつもりじゃ?」
「す、すみません……今の私には、何も」
「じゃろうな。しかし、落とし前はつけてもらわにゃならん。こうなれば体で払ってもらうしかあるまい」
 恐ろしい言葉に、私は知らず自分の体を抱く。
「……何を想像しとるか知らんが安心せい。貴様のような小娘、儂は食指が動かんわ」
 エルフは(あき)れたように(ため)(いき)をついた。
 ほっとしたような、少し傷ついたような。
「で、では……何をすればよろしいですか?」
 エルフはこちらの複雑な心境などおかまいなしに、あっけらかんと答える。
「とりあえずこの村で働いてもらう。何かと人手が足りぬでの。あとは、儂の身の回りの世話じゃ。そうさな……この家の建て替えに必要な対価を貴様が稼ぎ終わるまで、ざっと三年といったところか」
「さ、三年も……!?」
「嫌なら別に構わん。その場合は他の(やつ)に売りつけるまでよ。白い肌に金髪碧眼(きんぱつへきがん)、顔立ちも悪くないとくれば、買いたい男の一人や二人、簡単に見つかるわい」
 仮面の奥の(あお)い瞳が、意味ありげに私を()(まわ)す。
 選択肢は無いも同然だった。
「……あ、貴方(あなた)の元で、働かせてください……」
「物わかりの良いお嬢様は嫌いじゃないの」
 エルフは鼻で笑い、(きびす)を返した。
「お主、名は?」
「わ、私は……リーズベット――」
 途中、言葉に詰まる。この先を続けることに、今や何の意味も存在しないことに気付いてしまった。
 ――私はもう、あの家を追われたのだ。
「いえ……ただの、リズです」

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