オベリスク攻略から、早くも十日が過ぎ去った。

「もぉぉぉぉイズメド君のバカぁぁ……っ!」

 あの後、駆けつけた戦士達に保護されたイスメトは、現地に居合わせた医療神官を通して、ラフラの大神殿に併設された病院へと搬送された。
 やたらと広い寝台の上で目を覚ますと、泣きはらしたメルカの顔があった。

「だからっ、夕飯までに、戻って来いっでぇぇ……!!」

 イスメトは五日も昏睡(こんすい)していた。
 その原因は慣れない神力の使いすぎと、セトに体の自然治癒力を無理やり高められたがゆえの反動だったが、周りはそんなことを理解できるわけもない。

「ごめん……メルカ。大丈夫。生きてるから」

 イスメトは、すぐ横で掛け布を湿らせている少女の肩を軽く叩いた。
 散々心配をかけた割に、今や体はすっかり癒え、傷跡一つ残っていなかった。

「まったく……無茶(むちや)しやがる!」

 叱られたと言えばアッサイにも。
 ガツンと頭に一発。
 コブができるほどではないのに、なぜか彼のゲンコツはいつも尾を引く痛みがする。

「――だが見直した。本当に大した(やつ)だよ、お前は」

 その痛みが妙に懐かしく、また(うれ)しかった。

「先日のことを謝罪させてほしい」

 そう言って大神官が寝所に現れた時には、()(すが)に身の毛がよだった。
 しかし彼は、慌てて身を起こそうとするイスメトを制し、その場で深々と頭を下げる。

「事情は皆から聞いた。あの光はまごうことなき神の御業(みわざ)――エストを封じたというあの棺から感じる力も、同じものだった。私の早合点だった。許して欲しい」
「そ、そんな……! あ、頭を上げてください……!」

 そんな大神官のこともだが、目が覚めて一番に驚いたことは別にある。

「神話と伝承の齟齬(そご)については、実情を踏まえた上で、これから慎重に検証を重ねていく」
【大神官。それは、我が信仰を認めたという認識で相違ないか?】
「神官の勤めは古来より、神々と人との橋渡しをすること。今後はあくまでも中立的な立場から、二つの信仰の共存を模索して参ります」

 人身のセトは、ごく普通に大神官と言葉を交わしていた。

「我々も、(ふる)き守護神様の目覚めを歓迎いたします」

 セトの体は相変わらず薄らと透けているし、イスメトと神器以外に直接手を触れることができない点も今まで通りだ。
 変わったのは人間の方である。

【誰もが守護神の復活を信じて疑わなくなった。なら、誰もにその姿が見え、声が聞こえたとしても、なんら不思議はあるまい?】

 イスメトの疑問に、セトはむしろ当然だと笑う。

【これがインパクト勝負ってヤツだ】

 その笑みは、まるで一仕事を終えた盗賊のようだった。

「こ、これ……本当に、僕が着るんです……?」

 そして現在。
 イスメトは大神官にあてがわれた広すぎる寝所にて、これまた無駄に豪華すぎる衣装を着せられているところだった。

「ええ、もちろん! 君は祭りの主役ですから! ささ」

 今日は年に何度か行なわれる祭りの日。
 いつもならば神殿が主導して、神に収穫の感謝を捧げる催し物が行なわれる。
 そんな『収穫祭』は今回、民衆からの熱い要望により急遽、( きゅうきょ )『復活祭』に変更された。

 誰の復活祭かは言うまでもない。

「しかし驚きましたねぇ! 君があのオベリスクの魔獣を討伐し、旧神様の依代に選ばれただなんて!」

 着替えを手伝ってくれているのは神官のザキールだ。
 彼はイスメトが以前から幻覚について相談していた担当医でもあり、テセフ村にいた頃からなにかと世話になっている。

「依代ってどんな感じなのです? やはりこう、力が湧き上がる感じとかあるんですか?」
「そ、そうですね。神器を握った時とかは、そんな感じ、かも……」

 ザキールの顔には『ウキウキ』と書いてあった。
 (とし)はアッサイと同年代くらいだと思われるが、イスメトを質問攻めにするその瞳は少年のように輝いている。

 それもそのはずだ。
 彼は大河(ナイル)沿いに住まう〈太陽の民〉であるにも関わらず、旅人を通じて知った『旧神伝説』に深く興味を持ち、中央の神殿からこの辺境へとわざわざ希望して異動してきた変わり者の神官だった。

「ああ! 私は今、歴史的な瞬間に立ち会おうとしている……!」

 ゆえに、この熱量だ。

「あ、はは……お、大げさですよ」
「何を言っているんですかイスメト君! 貴方はもっと当事者としての自覚を持つべきです!ほら姿勢を正して! もう一度、所作のおさらいを!」

 ザキールの細やかな祭事指南は、祭りが始まる直前まで続いた。

【ククク……まァ難しく考えるな。俺達は輿(こし)の上で威張ってりゃいいんだよ】

 祭の内容は凱旋(がいせん)パレードのようなものだった。
 神官達の行列に混ざって、ラフラの都市部をぐるりと一周し、最後には大神殿へ戻ってくる。
 小難しい祝詞(のりと)やら舞踊やらを行なうのは神官や踊り子達だけで、イスメトはただ戦士達の担ぐ神輿(みこし)の上に座っているだけだった。

「依代様ー!!」「英雄様ー!!」

 とはいえ、呼びかけられる度に顔が熱くなった。
 しまいには、目に入ったゴミを取ろうと少し手を上げただけで大声援が返ってくる始末。
 本来ならば快く感じるべきところなのかもしれないが――

(ぼ、僕なんかでごめんなさい……)

 この空気を楽しむには、根が小心者過ぎた。

【虚勢も処世術の一つだぞ小僧。そら、威張れ威張れ】
(う……ぼ、僕はセト様と違って凡人ですので……)

 前方を行く輿(こし)にはもちろんセトが乗っていた。

 玉座を模した豪奢(ごうしや)な輿は、ほとんど椅子のような形状をしている。
 その上でセトは、立てた膝に(ほお)(づえ)をついているだけだ。
 実に態度がでかい。

「おお、あれが復活なされた旧神様か! なんと威厳のあるお姿……!」
「ありがたや、ありがたや……」

 なんというか、(かな)わないなと思った。


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