――ギィィィン!

 セトとの鍛錬に開始の合図などない。
 突如として肉薄するセトの振り下ろしを、イスメトは(やり)の柄で(とっ)()に受けた。

 手が痺れるほどに重い一撃。
 無意識に口角が上がる。
 そういえば、武器(ウアス)を持つセトとやり合うのは初めてだ。

【そらそらァァ! 受けてばっかじゃジリ貧だぜ、英雄っ子!】

 セトの挑発に、イスメトは乗らない。
 この絶え間ない嵐のような連撃をかいくぐって、こちらの一手を差し入れるのは至難の業。今は防戦を続けるのが吉だ。

 神が相手とはいえ、全く打つ手が無いわけではない。
 鍛錬の際、セトは過去の依代の動きを()()ている。
 そうすることで物質世界における『現実味のある動き』を再現しているのだ。

 言わばこれは、セトとの戦いではない。
 過去にセトと共に歩んだ戦士達――
 その動きの完成形、あるいは理想形との戦いと言える。

(っ、今日の動きは初めてだ! 全然読めない!)

 本質がものまねである以上、その動きには必ず癖や隙が生じる。
 神によって洗練された動作が、単にそれらを見えにくくしているだけだ。
 まずはその癖を見つける。そこにしか勝機はない。

「くっ……!」

 打ち込まれる戦杖を( せんじょう )ひたすら防ぐも、徐々に後退を余儀なくされる。
 一見すると情けない局面とも取れるが、観客――特に戦士達は、驚きに目を見開きながら戦いの行く末を見守っていた。

「おい、なんでアレが受けられるんだよ……」
「ま、まだ倒れねぇのか?」

 ここにいる力自慢達、その誰もが一瞬で膝をつかされた相手。
 その攻撃を少年は受け止め、(はじ)(かえ)し、また受け止める。
 その光景だけで誰もが悟った。

 彼はもう、自分たちの知る『落ちこぼれ』ではないのだと。

「やっぱ、血は争えねぇってか」
「ああ、さすがはあの人の息子だ」

 あいつはただ運が良かっただけの男――
 いまだ少年をそう()()する一部の人間の意識すら、この数十秒の間に塗り替えられていく。
 本人のあずかり知らぬ所で。

「――っ、ここだ!」

 イスメトは今まで受けるばかりだった振り下ろしの攻撃を見切り、僅かに身をひねってかわす。
 獲物を見失った〈支配の杖(ウアス)〉の先端が地を穿った。
 その瞬間に生じるセトの、僅かな隙。
 そこへ槍の切っ先を(たた)()む。

【踏み込みが遅い!】

 決死の一撃は、いとも簡単にセトに打ち払われた。
 だが、判断自体は間違っていない。
 セトの駄目出し(アドバイス)から、イスメトはそう理解する。

 そこから徐々にイスメトは攻勢へ転じていった。
 攻撃はその都度、神の豪腕にいなされるも、着実に打てる手は増えていく。
 セトが数歩、後退した。

 もはや誰も言葉を発しない。
 この戦いに(しっ)()や声援を加えることは、神聖なる儀式を冒す愚行のようにさえ人々には思えた。

「――っ!?」

 セトの足下を狙って振り抜いた槍が空振り、イスメトの視界からセトが消える。
 あり得ない跳躍力によってセトはイスメトの頭上を軽やかに舞った。
 この時、セトは無意識に『ものまね』をやめていた。

【――っと、こりゃ反則だったか?】

 セトは少しばかり内省する。
 最後まで物質世界のルールに則っ(  のっと  )て試合をするつもりが、つい楽しくなってしまった。

 ここで展開を一気に反転させたらどうなるか。
 このガキはどんな反応を見せるか。
 その想像の先を――可能性を、見たくなったのだ。

 (いじ)めたくなった、とも言う。

(裏を取られる――!)

 イスメトは焦った。

 槍を振り抜いたこの状態から、どう動けば背後から来るであろう神速の攻撃を受けられる?

 いやそもそも、ここで防御に回るのは正解だろうか。
 着地の際に生まれる隙――
 そこへ狙いを定め、攻めを続行すべきでは?

 だが、その狙いが外れたらどうする。
 次で相手の攻撃をもろに喰らう。
 いや、それは防御を選んでも同じだ。

 これまでセトの動きを見てきたからこそ想像がつく。
 着地後の隙は本当に一瞬。
 その後にどう打って出るかは着地時の姿勢に依存する。

 空中にいるセト。その姿勢までは捉え切れていない。
 振り返って槍を構えるとして、どこを守る?
 いや、そもそも――

 攻撃が背後からだけ来るなんて、なぜ言い切れる?

(違うッ、上だ――!!)

 一瞬の間の思考。
 それはもはや勘と言えた。

 イスメトは捻った上体を戻す勢いを利用して、槍を上空へと振るう。
 その軌道上で、ガギィインッと激しい衝突音が響いた。
 空中から放たれたセトの()ぎ払いを、かろうじて弾いた音だった。

【ほォん?】

 一瞬見えた凶悪な笑みは、後方へと遠ざかる。
 空中での攻撃を選んだセトは、着地に時間を取られることを想定してか、かなりの飛距離を出していた。

 全くもって反則的な動きだ。
 こんな依代が本当にいたなら、ぜひ今夜あたりにでも化けて出て、幅跳びのコツを教えて欲しい。

(もう、体力が――っ!)

 次に肉薄されたらどんな攻撃であれ押し負ける。
 そう分かっているからこそ、イスメトは迷わず半身を捻った。

 この間合いでは通常の攻撃は届かない。
 だが一つだけ、可能性がある。

 セトの着地点は、先ほど攻撃を受けた感覚でおおよそ掴めた。
 あとはセトの体の正中線が来るであろう範囲を狙う。

 そして最後にものを言うのは――腕力だ。

「だあぁぁぁ――ッ!!」

 イスメトは槍を全力で(とう)(てき)した。

 (うな)る空気。
 ほとばしる赤雷。
 痛みを伝えてくる右肩。

 無意識にセトの力を引き出してその身に纏ったイスメトの槍は、音速を優に超えていく。

【あ、やべ】

 短い呟きが聞こえた気がした。

 直後、イスメトは地に膝と肘をつく。
 疲労と負荷が同時に押し寄せ、顔から突っ伏しかけたところをなんとか()つん()いで耐えた。

 顔を上げる。
 槍は訓練場に隣接する民家の屋根に突き刺さり、パリリと神力を放っている。

【――ハッ! 浅ェ(  あっせ  )なァ】

 セトはイスメトが予想した通りの地点に立っていた。
 不敵に笑っている。

【だが一応、一撃っつゥことにゃなるか……? なァ観客ども】

 その笑みを作る(ほお)に、薄らと切り傷が開く。
 当然それはすぐに修復されるが、血のように赤く輝く光が神の頬から(かす)かに(こぼ)()ちたことを見逃す戦士はいなかった。

「イスメトが……守護神様に、傷を……」

 戸惑うような静寂の後。
 それまで声を()()んでいた人々の興奮が、熱気が、一気に爆発した。

「うおおおおっ!! あんにゃろ、勝ちやがったぞオォォーッ!」


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