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「うわぁぁぁぁん! イズメドォォ~……じゅるっ、ジダァァ~……!」

 ジタに肩を貸しながらラフラの町まで戻ると、イスメトは涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにした少女に出迎えられる。

「おわぁっ!? エ、エスト……!?」
「いィっでで……! ひっつくなっイテェ!」
「ひどいよぉ~っ! ボクも一緒に戦うって言ったじゃないかぁぁ~……!」

 どうやらエストはあの後、ジタの乗っていた神獣によって町まで強制送還されたようだった。

「チッ、うっせぇな……戦場は女のいる場所じゃね――ぬあッ、俺で鼻水を拭くなっ!!」
「うわあぁぁ~ん! 男女差別ぅぅぅ~っ……!!」

 イスメトは幼馴染(おさななじ)み達のやり取りに思わず吹き出す。なんだか昔に戻ったみたいだった。

(ホルスは……やっぱり、いるわけないか)

 出迎える人々の歓声に包まれながら、イスメトは金髪の少年の姿を探す。

 荒神が消え去った後。
 戦士達の救援へ急ぎ向かったイスメトは、すぐにその必要がないことを知った。

 生き残った戦士は誰も彼もが(まん)(しん)(そう)()
 だが、動けない状態だったにも関わらず、なぜか混沌に()まれて魔獣化した者は一人もいなかった。

 生き残った戦士達の体には共通して、琥珀色に輝く羽根が刺さっていた。

(お礼くらい、言わせてくれても……)
【ハッ! いらねェよそんなモン】

 セトは相変わらずこんな調子である。
 やはり、かの神と再び相まみえる場所は戦場――そうなってしまうのだろうか。

(もう少し……ちゃんと話をしてみたかったな)

 しかし、イスメトのその願いは意外にも早くに(かな)うことになった。
 実に穏当かつ、平和的な方法で。

 その日は、各地のボロ神殿に最低限の設備(小オベリスク)を設置し終わり、オアシスの結界を強化し終えた翌日だった。
 まるでその機を伺っていたかのようなタイミングで、一羽の隼が( はやぶさ )大神殿に降り立ったのだ。

【ホルスの使者だァ~ッ!?】

 建築中の新しいセト神殿を視察中だった二人のもとに、エストが駆けつける。
 その手にパピルスの巻物を持って。

【燃やせ燃やせそんなモン。ついでにその使者も焼き鳥にして喰っちまえ】

 お前はどこの蛮族だ。
 イスメトは内心(あき)れつつ、エストに歩み寄った。

「なんて書いてあるの? 読んでもらっていい?」

 イスメトは手紙を読めるほど文字を知らない。
 かといってセトに読ませると悪意に満ちた要約をしかねない。
 ここは中立的なエリート書記様の力を頼るのが賢明だろう。

「うん! えっとね……」

 詰まるところ、それは王宮への招待状だった。
 重要な話があるから王都へ来てほしい、という内容が至極丁寧な言葉遣いで記されている。

【ハッ! 話があるならテメェから出向いて来やがれってんだ!】
「王宮かぁ……」
【オイ。何をちょっとワクワクしてやがる。まさか行く気か? 行く気なのか!?】

 もちろん、答えは決まり切っていた。
 絶対(わな)だ、とうるさい神をなんとか説得し、イスメトはカルフに(また)がる。

 ホルスにセトをどうこうするつもりがあるなら、とっくにそうしていたはずだ。
 ホルスは敵ではない。少なくとも、今は。
 国神の真意を確かめるためにも、この機会は逃せない。

「うわ……(すご)い人だ」

 所狭しと並ぶ大小の建物と、その隙間をせわしなく行き来する人々の波。
 都会の(けん)(そう)()()されながら、イスメトはこの町で最も高い建物を目指した。

 王宮は、白く化粧された石作りの(けん)(ろう)な外壁を備えていた。
 巨大な神殿のようにも要塞のようにも見える。
 その外壁の高さを追い越して天を差すのは、琥珀色の光を(とも)した二本のオベリスクだ。

【やぁ、遅かったねぇ坊や】

 見張りの立つ門の前へ踏み込んだ瞬間、頭に直接声が響いた。

【そのまま最上階まで上がっておいで。家臣には君を通すよう伝えてある】

 いかつい門番を恐る恐る見上げると、頷い(  うなず  )て返される。
 念話って便利だな、と改めて思うイスメトだった。

「最上階って……何階建てなんだここ」
【ハッ! 何とかとバカは高いところが好きってヤツだな】

 岩山のようにそびえる外観を裏切らず、イスメトは五階分の階段を上らされることになった。

【てんめェ、このクソ鳥頭ァ……高みから何をエラそうにドヤってやがる!】

 ホルスの待つ大広間に踏み込むなりセトはいつもの調子で突っかかる。
 止める間もなかった。

「君こそ、誰の神器で手前(てめぇ)の半身を切り刻んだか言ってごらんよゲス豚野郎」
【~~――ッ!!】

 玉座に座ってニヤリと笑うホルスも、売り言葉に買い言葉。
 セトが怒りと屈辱のあまりに絶句しているのが分かった。

 あの時、ホルスの銛が手元になければ、どれだけ強力な神術をもってしてもアポピスにとどめを刺すことまでは(かな)わなかっただろう。
 セトの半身はセトの力では殺せない。
 ホルスの銛を通してセトの神術を(たた)()んだからこそ、あの勝利は実現したのだ。

 セトもそれを理解しているからこそ、反論できないようである。

「……その節は、ありがとうございマ――ッ!?」

 イスメトは盛大に舌を()まされた。

【なァ~に勝手に礼なんか言ってんだテメェ! 頭を下げるな! 武器を抜け! ヤツを王座から引きずり下ろせェェッ!!】
「ちょっ、待っ、やめ――うわぁわっ!」

 暴れる神とそれを止めようとする依代とが体と(やり)を取り合い、少年は王の前で七転八倒する。

「道化なら間に合ってるぞ、セト」
「【死ねィッ!!】」
「おっと」

 物騒な言葉と共にブンッと槍が空気を裂いた。
 もちろんセトがホルスへと放ったものだ。
 警護の兵達が後ろでざわつく。イスメトは自分の体で行なわれた凶行に()(まい)すら覚えた。

「ま、今のは見逃してやるよ」

 幸いというか、当然というか。
 槍が射抜いたのは玉座の背もたれだった。
 翼を広げたホルスはいつの間にか、イスメトの頭上に浮いている。

「田舎者の無作法には笑って目をつむる――それが()()()()というものさ」
【コイツ……ッ!】
「セト……! もうやめろって! 話が進まないだろ!」

 セトも言うほど本気ではなさそうだ。
 ただ、男の意地というか、神の気位というか――
 多分、そういったものが鬱憤として噴き出した結果の(わる)()()きみたいなものなのだと思う。

「まったく。坊やの方がよっぽど話が通じるじゃないか」
【再会の挨拶に(もり)を全弾ぶち込んでくる野郎に言われたかねェ】
「それはそれ。これはこれ」

 ホルスはからかうようにくるりと宙を舞って、バルコニーから外へと出ていってしまう。

「えっ!?」

 話をするのでは!? と困惑しながら、イスメトは慌ててその後を追った。
 バルコニーから見上げると、宮殿の屋根に立つホルスがクイクイと指で合図してくる。
 ついて来い、ということらしい。

【何だってんだ】

 セトはイスメトの体に風をまとわせる。
 ホルスのように空中を自由自在にとはいかないが、屋根を伝ってその背を追うくらいのことならば容易だ。

「うわ……すごい景色だな」

 屋根の上に出ると広大な景色が一望できた。
 ナイルシア王国はこの首都テルベルを境に南北に分けられる。
 大河の上流方面が上ナイルシア。下流方面が下ナイルシアだ。

「ああ、美しい景色だ。ここから見えるのは上ナイルシア――その、()()()()姿さ」

 イスメトはホルスの言葉に目を瞬か( しばたた )せた。

【――! どうりで、さっきからヒリつく気配がするワケだ……!】

 セトの声色に深刻な響きが加わったのは、その時だった。

「さすがに気付いたか。そうだよ。これは僕の結界。その上から僕の記憶を貼り付けて、普通の景色に見せかけているだけさ」
「え、何……どういうこと?」

 さっきから神々の間でだけ話が進んでいる。イスメトはセトに問いかけた。

【……俺の感覚を視覚として共有する】

 セトの返答を聞いた直後。イスメトは視力を失ったのかと錯覚した。
 それほどまでに、この緑豊かな川辺の景色とは似ても似つかぬ暗黒の世界がイスメトの瞼の(  まぶた  )裏に投影されていた。

【今からおよそ百年前。上ナイルシアは消滅した。大河(ナイル)上流から突如としてあふれ出した、原初の闇に()()まれて】

 ホルスは何を言っているのか。イスメトは無意識に理解を拒絶する。
 そこへ追い打ちをかけるようにホルスは続けた。

「だから、今この下ナイルシアには主神級の神が二柱しかいない。僕とお前だけだ。他は皆、荒神と成り果て封じられたか、上ナイルシアを取り戻すために出陣している」
「そ、んな……」

 上ナイルシアが混沌に呑まれて消滅――
 それはつまり、ナイルシア王国の半分が(こん)(とん)の世界に変わってしまったということだ。

「う、嘘だろ……? そんな話、聞いたことも……」
「知らなくて当然さ。君のような一般人に知られないよう取り繕うのが、僕の仕事の一つだ」
【――んで。テメェはここで何してる】

 セトはいやに冷静な声で問う。
 その静けさは余計にイスメトを焦らせた。
 これはホルスの冗談などではないのだと、セトの態度が何よりも如実に表していた。

「僕は神にして人の王――いわゆる〈(あら)(ひと)(がみ)〉という立場だからね。当然、残された国と民の平穏を維持するため、下ナイルシアに(とど)まったのさ。この特大結界を維持しながら、民草に普通の生活を送らせること――それがこの国神ホルスの最大の役割だよ」

 青と金の双眸が光る。
 まるで、少年達の未来までをも見通すかのような鋭さで。

「僕が何を言いたいか、そろそろ分かっただろう? せっかく助けてやったんだ。これからはせいぜい世界のために役立ってくれよ」

 イスメトは父の魂と神の力が宿る槍を、強く握りしめた。

「――なぁ? 破壊の神と英雄の子」

『破壊の神と英雄の子』第1巻 おわり


最後までご覧頂きありがとうございました。
これにてひとまず本作品の連載は終了となります。

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なお、この物語の続編については
2023年5月の東京文学フリマでの頒布に向け、現在鋭意制作中です。
時期が近付きましたら詳細をこのサイトにて告知します。


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