他責思考とセトの悪神信仰

※実際の歴史・神話とは無関係の創作妄想メモです。

ラムセス2世とセト神

今日はラムセス2世についてちょっと勉強しました。
正確には奴隷制についてのお勉強だけど、
そこは深く考えると気分が暗くなるのでここでは別の話を。

ラムセス2世はざっくり説明すると、
めちゃくちゃ海外侵略して奴隷を集めまくって
結果的に豪華な史跡を大量に現代に残した王様。
(すごく雑な説明)

古代エジプトの全盛期を作ったファラオの一人。

セト神は基本的に悪神とされてきましたが、
ラムセス2世の一族はセトの神官と関係があったとか何とかで
彼はセトに関する物をけっこう残してたりします。

むしろ彼らの一族以外にセトの何かを残してる人はいるのか?
ってくらいに、現存するセトの絵や像はラムセス由来のものが多い。

やはりセトは後世にいくほど「悪神」というイメージが強く、
当時の人々はセトの何かを形にすることすら忌避したとか。
逆に善神とされていた時代は大昔すぎて、やはり物がほとんど残っていない…

セトが悪神な理由

そこでふと考えたのが、セトが悪神になった理由です。

もちろん色んな説や事情があると思うけど、
「外国」を司る神とされたことが結構大きいのではと個人的には思う。
当時の人々は「侵略者」=「セトの使い」と呼んだりしました。

こうなると「戦争が起こった→セトが悪い」みたいな、
究極の「他責思考」が出来上がっちゃって
セトの立場の悪化にますます拍車をかけたのかもしれない。
(そうなるに至ったきっかけはもちろんあると思うけども)

一方で、ラムセス2世みたいに
自ら率先して外国を攻める王にとっては
セトってむしろ「味方に付けるべき神」ですよね。

「外国の領主」であるセトを味方に付ければ
海外遠征も余裕だぜ!みたいなね。

ラムセス2世とかセティ1世あたりの
海外遠征によってエジプトの全盛期を作った王様達は
少なくとも「侵略者=セトによる天災」とは思ってなかったでしょう。

むしろ自分たちが積極的に攻め込むことで
「天災」を「領土拡大のチャンス」に変えた、
と考えることもできます。

あ、これは歴史的考察では一切なく、
成功哲学とか精神論の話に近いです。

もしもラムセスやセティといった王様達が
「侵略者=セトのせい」みたいに
他責思考を延々と続けていたら、
古代エジプトはもっと早くに滅んでいたのかなーとか。(あくまで妄想)

運命は切り開くもの

この妄想から、少年マンガ的な哲学を絞り出すとすれば。

人生のどうにもならんことを神様のせいにしてるヒマがあったら
アンタにできるちょっとした革命にチャレンジしなさいよ

っていう話になるのかなと思う。

実際、自分も「なるようになれや~」みたいな
すっごい受動的に生きていた時期が結構あって。
そん時の「生きながらにして死んでる感」が結構な傷として残っている。

あれはまさに「運命にすべてを投げた」状態だったなと。

それって多分「なんもかもセトが悪い!」って言ってた(かどうか知らんけど)古代エジプトに住むどこかの凡人と同じ思想だったんじゃなかろうかと思うわけですよ。

もちろん、現実的に考えりゃ
戦争は肯定的に見られるものでは断じてないし、
自分の国のトップに戦争して欲しいと私は微塵も思わんのですけども。

それでも戦神がこんなに魅力的に見えるのは
理不尽に対して戦う力を有しているからだと思います。
運命をぶっ壊したいんです。中二病なので。

「嫌なことを運命や他人のせいにしちゃ駄目」

ものすごーく使い古されたテーマだけど。
こういうのは自分の中からどう出てきたかが大事なので。
ここにメモしておきます。

何でも他人のせいにする人に幸福は来ない。
でも注意しないと人間、簡単にこの思考に侵されるからね。

自分の失敗を認められなくなったり。
他人の挑戦や失敗をなぜか採点したがったり。

どっちも、本音は「自分が頑張らなくていい理由」を見つけたいだけだったりするんだよね。

実際、私はそういう時期があった。
今後はそうならないように気をつけないとなー。


 

はい。妄想終わり。
今日の執筆に戻ります。

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